
「言葉を持つのは人間だけ」という決めつけを心地よくひっくり返してくれる一冊
著者は、鳥の言葉がわかる、つまり鳥が何を話しているのかがわかる学者さんです。例えばシジュウカラが「ヂヂヂヂ」と鳴けば「集まれ」の意味。実際、シジュウカラやヤマガラやコガラが急いで集まってくる。そしてみんなで見つけた餌を我先につつき始める。その真っ最中にシジュウカラが「ヒヒヒ」と鋭く鳴けば「タカだ!」という意味で、鳥たちは一斉に茂みに身を隠す。シジュウカラだけでなく、スズメもエナガもヤマガラも逃げる。つまり鳥たちには種を超えてシジュウカラの言葉の意味が伝わっている。そして、その言葉がちゃんとわかる人間がいる。まるで、あのドリトル先生のように。そんな人が現実にいるんだ!
大興奮しました。
著者の鈴木俊貴さんについて初めて知ったのは2年近く前。YouTubeで見かけて、とにかくびっくりしました。初めて見た動画はシジュウカラの言葉を解明したことでWorld OMOSHIROI Awardを受賞したという、ちょっとふざけた導入部のものでした。けれども見るうちに、その研究が科学的にきちんとしたものであって、実はその研究が世界中の動物行動学者から注目を集めていることを知り、どんどん興味が膨れ上がりました。
よく見れば著者の鈴木先生は肩書きも東京大学准教授といたって堅い。動物言語学という新しい学問のジャンルを立ち上げた新進気鋭の学者さんで、ふざけているどころか、従来の生物学や言語学の常識をひっくり返す画期的な、意義のある研究だったのです!

「言葉を持つのは人間だけだ」「動物たちの鳴き声は感情表現だ」とアリストテレス以来2000年以上もあいだ、決めつけられてきた“常識”をひっくり返し、「シジュウカラは文法のある文をつくってコミュニケーションしている」ということを世界で初めて証明して見せた正統派の研究者なのです。その後もいくつもの動画で研究内容や、著者ご自身のお人柄を見てすっかりファンになったところでこの本の存在を知って一気読みしました。
動物全般が好きだった幼少の頃から書き起こし、中でもバードウォッチングにハマっていった高校時代、『月刊むし』や『BIRDER(バーダー)』といった雑誌と同時に、コンラート・ローレンツ『ソロモンの指環』やニコラス・ティンバーゲン『鳥の生活』などの動物行動学の本を読み漁り、鳥の研究ができる大学へと進学し、ついに大学3年の冬にフィールドワークで出かけた軽井沢の山林で運命の出会いがあって鳥語研究が始まった……という冒頭の「鳥たちの世界へ」を読むだけでもワクワクさせられます。
誠実で正確を期する科学者らしさの裏にそこはかとないユーモアが漂う文体も魅力的。軽井沢に行くまでもなく、大学のある千葉の街中でもシジュウカラの巣を見つけられることに気づいて都会での観察を開始。ある日蕎麦屋の店先のタヌキの置物の背にあいた穴からシジュウカラが出入りしているのを観察しているところを蕎麦屋のおばさんに見つかってしまった時のエピソードなどは出色! 笑えるし、ちょっと常軌を逸した研究者気質も伝わるし、それでも憎めない人柄も感じ取れ最高です。「都会の住宅事情」というタイトルで見つけてください。

動画で見た時から「この人の動き、なんか小鳥っぽいな」と感じていたのだけれど、そのことをご本人もわかっておられて「動物の博士」という項に書いています。共著のある元京都大学総長の山極壽一先生にその件を投げかけたところ、さすがの名回答を得たそうです(詳しくは本で読んでください)。その答えに感心しつつ、そんな山極先生をつかまえて習性も容姿もゴリラにそっくりだと書いていることに驚かされますが、二人とも似ていることに誇りすら感じているご様子です。著者ご本人のシジュウカラっぽい動きもかわいいのでぜひ動画を見つけてみてください。
オススメはチャンネル「ほぼ日の學校」の代々木公園でのインタビューや、「ゆる言語学ラジオ」への出演回などです。「ほぼ日の學校」はシジュウカラの鳴き声が聞こえる屋外で取材しているので、鈴木先生がしばしばシジュウカラの鳴き声に反応して空を見上げる姿を見ることができます。その場で鳴き声の解説もしてくれるのでお得です(文末[参考動画]にリンクを貼っています)。
鳴き声の解説といえば、この本にも巻末に特別付録がついています。「シジュウカラの鳴き声を聞いてみよう」と題して、掲載されている7つのQRコードをスマホのカメラで読み込むと、縄張り宣言の「ツツピーツツピー」や、空にタカを見つけた時の「ヒヒヒ」などを聞くことができます。今まで聞き逃していた鳴き声がわかるようになるかもしれません。野生の鳥たちを驚かせないように、室内で音量に気をつけて聞くようにという注意書きにもシジュウカラへの愛を感じます。ちなみに本文イラストもすべて著者の手になるものです。手に取って見て楽しめる本なのでぜひどうぞ。読めば、耳から聞こえる世界がぐっと広がるはず。
(編集部:たかしな)
<目次>
はじめに
鳥たちの世界へ
小鳥が餌場で鳴く理由
救いと拷問のキャベツ
ヒロシ先生の思い出
巣箱をかけた話
都会の住宅事情
繁殖の観察
修士課程の秋と冬
巣箱荒らしの犯人
大発見! ヒナの力
パースの思い出
動物の博士
実家の巣箱
ヒナ救出大作戦
井の中の蛙
シジュウカラに言葉はあるのか?
「ジャージャー」はヘビ!
シジュウカラは文を作る
ルー語による文法の証明
「ぼく・ドラえもん」実験
翼のジェスチャー
カエル人間救出作戦
動物言語学の幕開け
おわりに
特別付録 シジュウカラの鳴き声を聞いてみよう
参考文献
参考動画
YouTube
「【シジュウカラの言葉がわかる「動物言語学者」って?】鈴木俊貴さん/みんなの目の前にあるのに気づかれていないこと/人間と鳥の共通点/鳴き声の役割/群れ社会と子育てが会話を生む」(ほぼ日の學校)
YouTube
「ゆる言語学ラジオ」の「世界的に大注目の「動物言語学者」登場。鳥の言葉が分かるらしい。#246」



